著者らはここ15年間、走査プローブ顕微鏡の開発研究を精力的に進めてきた。走査プローブ顕微鏡は、走査トンネル顕微鏡(STM)、原子間力顕微鏡(AFM)に代表される顕微鏡で、試料上を探針を走査させて、試料の形状を原子・分子分解能で観察することを可能にする。AFMはSTMと異なり生体分子のような絶縁物でも観察することができ、容易に水中でも用いることができる。我々はこのAFMをさらに発展させ、地形像ばかりでなく化学的識別能力を備えた各種の顕微鏡を開発してきた。化学的識別能力を備えた走査プローブ顕微鏡は化学力顕微鏡(CFM)とも呼ばれている。CFMの最初の顕微鏡は探針を走査させながら試料表面の摩擦力を測定し、摩擦力の2次元面内分布を画像化させるもので、摩擦力顕微鏡(FFM)と呼ばれている。摩擦は表面と探針との化学的相互作用に敏感で、摩擦力によって表面の化学識別が可能となる。分解能は単一の原子・分子を識別するには至っていないが、ナノメートル程度の分解能は保証されている。特に、今後は生体物質の摩擦・磨耗現象の分子レベルでの解明が重要となるであろう。この他、生体分子の相互作用では疎水性相互作用も重要であり、我々が開発したパルスフォースモードAFM(PFM-AFM)による付着力の2次元面内分布の画像化は、ナノメートルスケールの疎水性領域の観察を可能にする。この顕微鏡に用いられる探針は化学的に均一であることが要求される。これは探針表面の化学修飾により達成された。この顕微鏡は疎水性表面のみならず、親水性のナノ領域の観察にも利用でき、しかも局所的な電気2重層力を測定することで、親水性表面の電荷の符号や電荷分布に関する知見も与えてくれる。また分子の永久双極子能率による表面電位の分布を求めることも静電気力に基づく顕微鏡、すなわち表面電位顕微鏡(SSPM)の開発により可能となった。さらに局所的な分光のために走査型近視野光学顕微鏡(SNOM)も開発してきた。当日はこれらの新しい走査プローブ顕微鏡の開発経過と具体的応用例を順次示す予定である。特に最近の研究成果としては、ナノコンタクトプリンティングのキャラクタリゼーション、一分子の電気伝導現象、金属・半導体の仕事関数の制御、DNAや蛋白のはたらきを1分子レベルで観察するための研究の試み、非接触原子間力顕微鏡(nc-AFM)のCFMへの応用を紹介する。
閉じる